第25回『魚醤は東南アジアの生活に欠かせない伝統の味』| オーエム・エックス博士の知恵袋

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いつも弊社のメルマガを読んでいただき、ありがとうございます。
オーエム・エックスの社長の高畑宗明(農学博士)です。

10月27日に、弊社のお客さまをお招きして「OM-X工場見学ツアー」を開
催いたしました。昨年に引き続き、第2回目の実施です。前回は、弊社に
併設している工場見学を行った後に、岡山の有名な酪農家「安富牧場」さ
まを訪問してバター作り体験をしました。今回は、「石原果樹園」さまに
ご協力いただき、果樹狩り体験を参加者のみなさま全員で行いました。園
主の石原さまは、果樹園の土作りに乳酸菌で発酵させたエキスを使用する
ことで、糖度の高い美味しい果樹作りが出来ていると説明してくださいま
した。私たちの腸だけでなく、土の中の微生物も私たちの生活に密着して
いることを、改めて感じていただけたのではないかと思います。

さて、先日会社の研修旅行でベトナムに行って来ました。ベトナムやタイ
のエスニック料理は、日本でも注目を集めてブームになっています。そし
て、その味付けに欠かせないのが、ベースになっている魚醤油です。ベト
ナムの一般的なスーパーにも、現地の魚醤油の「ニョク・マム(ヌクマ
ム)」が数多く並んでおり、市民の生活に根付いた伝統的な味であること
が伺えました。今回は、ニョク・マムを始めとした東南アジアの「魚醤」
についてお話します。

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 第25回 『魚醤は東南アジアの生活に欠かせない伝統の味』
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 魚の発酵食品「魚醤」ってどんな食品なの?


日本で醤油といえば「大豆」を原料にした植物性の発酵食品です。現在の
日本の醤油の原形である穀醤(こくびしお)が世の中に出現したのは中国
で、約2500年前であると言われています。これに対し、実は魚醤(ぎょ
しょう・うおびしお)の歴史はさらに古く、約5000年前にはフェニキュ
ア人やローマ人によって使用されていたそうです。魚醤は主に東南アジア
で現在消費されていますが、ヨーロッパでもアンチョビソースが使用され、
また古代ローマの魚醤「ガルム」の伝統をひく魚醤がイタリアにあるよう
です。

魚醤とは、生の魚介類を主な原料として、塩を加えることによって腐敗を
防止しながら保存し、魚介類の内臓にある酵素や微生物(主にその土地固
有の乳酸菌)の作用によって原料が分解されてアミノ酸になるように意図
して製造された食品のことです。詳しく説明をすると、「醤(ひしお)」
とは固形物と液体が混ざった状態のものを指します。そのため、「魚醤」
は液体ではなく小魚や小エビ類が混ざりあっている状態のものです。この
魚醤を漉して液体にしたものを「魚醤油」と呼んでいます。原料に使われ
る魚は、一匹でおかずになるような立派なものではなく、商品価値の低い
魚や小さすぎて料理し難いもの、さらにはほかの加工品の廃棄物などが用
いられています。日本でもお酒のつまみとして食される塩辛も、同様に魚
介類に食塩を加えて発酵させるものであり、魚醤の中に含められます。


 東南アジアの生活に密着している数多くの魚醤


今回訪れたベトナムの魚醤は、最初にお伝えしたように「ニョク・マム」
と言われています。旧フランス領インドシナの中心地であったベトナムは、
東南アジアの中で第二次世界大戦前から魚の発酵食品の研究がなされた唯
一の場所です。

原料魚の種類は生産地によって異なります。主な海産魚はインドアイノコ
イワシ、ムロアジ、カタクチイワシであり、このうちインドアイノコイワ
シとムロアジを原料としたものが高品質のニョク・マムとされます。伝統
的なニョク・マム工場では、日本の漬物のように、魚を平に並べてその上
に塩を均一に散布し、さらにその上に魚を置くというように仕込みます。
ベトナムは木材や竹が豊富に産出されるため、魚醤の仕込みにも木桶を使
用する所が多くあります。数ヶ月から一年程度の発酵熟成を経て、濾過さ
れた液体が「魚醤」として市場に出ていきます。その他にも、カタクチイ
ワシの塩辛ペーストであるマム・ネム、小エビ塩辛ペーストのマム・トム、
魚を塩漬後に、煎米、香辛料、砂糖などを混ぜて発酵させたマム・チョア
と呼ばれる発酵食品があります。

それでは、その他の東南アジア諸国の魚醤油を見ていきましょう。

・タイ
タイは東南アジアの中では魚の発酵食品の種類が最も多い国です。魚醤油
は日本でも有名なナンプラーであり、塩辛ペーストで知られているのはカ
ピです。ナンプラーもニョク・マムと同様の魚を使用し、7ヶ月から1年
程度熟成させて作ります。ニョク・マムよりも発酵度が高く、塩分濃度は
低めです。カピは小エビを叩いて潰し、多量の塩と共に漬け込んで発酵さ
せたものです。淡水魚の塩辛プラー・ラー、海産の魚の内臓の塩辛タイ・
プラー、汽水産のカニを用いたプー・ケム、パイナップル入りの塩辛ケ
ム・バック・ナットなど、さまざまな発酵食品が見られます。ただし、こ
れらはタイ全土に見られるわけではなく、地域性があり、嗜好も地域によ
って異なることが特徴です。

・フィリピン
フィリピンはルソン島、ミンダナオ島、パナイ島、サマール島などの多く
の島からなり、海産物が豊富に獲れるために島特有の発酵食品が存在しま
す。小魚やアミを多量の食塩と共に漬け込んで発酵させた、小魚の塩辛バ
ゴーン・イスダや、アミの塩辛が有名です。また、魚醤油のパティスは柑
橘類のカラマンシー汁などと混ぜて食べられます。その他にも、ブロン・
イスダと呼ばれるナレズシがあります。

・マレーシア
マレーシアで一般的に見られるのはブラチャンです。タイのカピと同じよ
うな食品で小エビを原料とし、マラッカやペナン島で作られます。マレー
シアのもうひとつの魚の発酵調味料としてはブドゥが有名です。海水産の
魚に塩を混ぜ、酸味料のタマリンドを加えて発酵したもので、生野菜を食
べる場合のドレッシングとして使用する場合が多いのが特徴です(ただし、
都心の人たちは食べたことがない方も多いそうです)。また、小エビの塩
辛に飯等を加えて発酵させたチンチャロというナレズシもあります。

・インドネシア
インドネシアの主な魚の発酵調味料はトラシです。小エビの塩辛で、小魚
を原料としたものをトラシ・イカン、小エビを原料としたものをトラシ・
ウダンとよびます。ナレズシではマシンと呼ばれるものが中部地域に存在
します。また、魚の濃縮煮汁であるプティスが調味料として使用されます。

このように、東南アジアの国々では、魚醤、魚醤油、ナレズシなどの魚の
発酵食品が強く生活と密着しています。これらの国の魚の発酵食品は食塩
濃度がとても高いのですが、その使用目的は多くの場合、風味付けや調味
料としての利用です。一度の摂取量は少ないので食塩の過剰摂取という問
題は多くなく、保存性を高めることに伝統的に大きく貢献してきました。


 日本の伝統調味料「魚醤」をぜひトライしてみて!


日本にも、伝統的に受け継がれている魚醤があります。現代、家庭で用い
られている大豆を発酵させた醤油は、実は江戸時代になって日本全国に知
れ渡ったものです。そのため、大豆の醤油自体の歴史はまだそれほど深く
はなく、むしろ水田農業が伝わった時代に共に伝えられた魚醤の方が、日
本にとっては伝統的な発酵食品なのです。

現在、日本国内では秋田県の「しょっつる」、能登半島の「いしる」、小
豆島の「いかなご醤油」が3大魚醤として有名なのですが、「いかなご醤
油」はすでに絶滅しているとも言われます。そして、残り2つの魚醤もそ
の存続が危ぶまれています。確かに魚醤は生臭さもあり、強いにおいもあ
ります。普段から魚の発酵したにおいに馴染んでいないと、魚醤のクセの
あるにおいは敬遠されがちです。でも、実際ベトナムでニュク・マムを食
してきた私としては、その味の豊潤さに驚き、醤油よりもむしろ日本人の
口に合うのではないかと感じました。魚醤のほうが穀類の醤油よりもグル
タミン酸などの旨味成分は多く、さらには魚由来のDHAやEPAなどの成分
も期待されます。普段の食事のアクセントとして、ぜひ日本の伝統的な魚
醤や、東南アジアの魚醤を取り入れてみてはいかがでしょうか。