第19回 『皮膚常在菌は想像を超える豊かな多様性を持っている』 | オーエム・エックス博士の知恵袋】

こんにちは!
いつも弊社のメルマガを読んでいただき、ありがとうございます。
オーエム・エックスの社長の高畑宗明(農学博士)です。

新しい年度になり、早いもので1ヶ月が過ぎました。今年から新しい環境
に身を置いた方、部署が移動した方、ご自身は変わらなくとも周りに新し
い人が入ってこられた方など、色々な変化がこの季節には訪れます。環境
が変われば精神に与える影響も大きいと思います。最初はやる気に満ちて
いた心が、5月に入ると落ち込んでしまうこともよくあります。この季節
をうまく乗り越えて、この一年を楽しく過ごしていきたいですね。

さて、前回のメルマガでは「皮膚常在菌」についての内容をお届けしまし
た。私たちの腸内と同じように、皮膚にもたくさんの菌が住んでいて、私
たちの体を外敵から守ってくれる役割を果たしています。逆に言えば、皮
膚の常在菌までも過剰に排除してしまうと、肌のバリア機能が低下し外敵
から肌を守るための免疫が低下してしまいます。もちろん、皮膚の悪玉菌
である「黄色ブドウ球菌」が増えて肌に炎症が起こってしまうと、抗菌剤
を使ってまず退治しなくてはなりません。しかし、それでは良い菌までも
死んでしまうため、健康な肌は取り戻せません。「皮膚常在菌」のバラン
スを整える生活をすることが、健康な肌には欠かせないのです。

「皮膚常在菌」を上手に育てる方法は、前回のメルマガに書かせていただ
きましたのでそちらをご覧ください。今回は、「最新の研究」の視点から、
「皮膚常在菌」のミクロの世界をお届けしたいと思います。数年前までは、
肌に住んでいる常在菌はせいぜい10種類くらいだと考えられていました。
でも、解析技術が進んだ今、その数が実は・・・!
それでは最新の「皮膚常在菌」の情報をお届けしてまいります。

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 第19回 『皮膚常在菌は想像を超える豊かな多様性を持っている』
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 最新の解析技術「16S rRNA遺伝子解析」って何?



2009年に、世界的に有名な科学雑誌「Science(サイエンス)」で「皮膚
常在菌にはどのくらいの種類が存在するのか」という調査結果が掲載され
ました(Science, 324, 1190 (2009))。健康なボランティア10名が参加
し、「16S rRNA遺伝子解析」が行われました。ここで突然「16S rRNA遺
伝子解析」という難しい言葉が出てきました。まずこの内容について説明
していきます。

従来、微生物の数や種類を調査する際には、「培養法」という技術が用い
られてきました。「培養」というのは、微生物が生きていくために必要な
栄養素を人工的に調整し、そこに微生物を生育させて「目に見える形」で
育てる方法です。みなさんも、中学校や高校の理科の授業でシャーレを使
ったことがあるのではないでしょうか。「培養法」は、シャーレに微生物
の栄養源を入れ、そこに目的の微生物を生育させる手法です。

でも、実はこの手法では、地球上に存在する微生物の内、なんと1%程度
しかこれまでに培養できていないことが分かってきました。それは、その
他99%の微生物を人工的に育てるための栄養に、何が必要なのかが分かっ
ていないからです。「皮膚常在菌」も、腸内にいる「腸内細菌」も、未だ
に培養できる微生物はわずかしかいないと考えられています。

そこで考え出されたのが「16S rRNA遺伝子解析」です。この技術をきち
んと説明するとかなり難しいので、簡単に説明させていただきます。培養
ができない微生物でも、「RNA」は研究手法として摂取することができま
す。「RNA」とは「DNA」から作られる遺伝子関連成分です。この「RNA」
はA(アデニン)、U(ウラシル)、G(グアニン)、C(シトシン)とい
う4種類の塩基が並んでできています。微生物の体の中には、タンパク質
を作るための「リボソーム」という場所があり、この「リボソーム」を作
るための「RNA」が「16S rRNA(16SリボソーマルRNA)」という名前なの
です。

かなり難しいですので、詳細は必要ないのですが、この「16S rRNA」は微
生物の種類ごとにAUGCの並び方が決まっていて、この並び方を解析する
ことで、サンプルに含まれている微生物の種類やおよその数が分かるよう
になったのです。「培養法」を使わずに、全ての微生物の種類と数が分か
る「16S rRNA遺伝子解析」の技術により、これまでに見えなかったミク
ロの世界が見えてきました。


 皮膚には予想を遥かに超える数の常在菌が住んでいた!


この手法を使い、ボランティア10名の「皮膚常在菌」を調べたところ、
205種類もの微生物がいることが判明しました。「培養法」で10種類程
度と考えられていたのに比べると、遥かに豊かなシステムが皮膚に存在す
ることがわかったのです。さらに、肌の質を「皮脂」「湿潤」「乾燥」の
3タイプに分けると、それぞれ違う種類の微生物がいることも示されまし
た。

また、体の部位別に見てみると、一番種類が多いのが肘の裏側(手のひら
側)で平均44種類、一番少ないのが耳の後ろで平均15種類だったそうで
す。その他、皮脂の量や肌のpH、汗などの皮膚状態と優勢な微生物の関
連性も調べられています。こうした知見が積み重なってくることで、皮膚
の状態や場所ごとに、菌を育むための処置の仕方も変わってくるのではな
いかと考えています。

さらに、手のひらに着目した研究も行われています。米ロチェスター大学
メディカルセンターの実験で、大学生51人の手のひらをさらに詳細な解
析方法で調べた結果、平均して1つの手には約150種類の微生物が住んで
いることが分かりました。さらに驚くべきことは、51人の手のひらの微
生物を合計すると、4,700種もの種類が確認され、全員に共通しているの
はたった5種類だったということです。

そして、左右の手のひらを比べてみると、左右で共通してみられた微生物
は約17%であり、利き手の方が反対の手よりも微生物の種類も数も多かっ
たそうです。また女性には男性よりも多くの種類がみられました。利き手
と反対の手とで微生物の種類や数が違うのは、利き手の方がより多くのも
のや人を触る機会が多いからではないかと考えられます。女性の方が男性
よりも多様性がある理由ははっきりとは分かりませんが、女性の肌の脂肪
酸組成などが異なり、より多様な微生物が住みやすいのではないかと予測
されます。

これらの研究からすぐに「自分の肌の微生物のためにこれが良い!」とい
う結論を導きだすことはできません。しかし、こうした最先端の研究によっ
て判明する事実が積み重なって、個人ごと、もしくは肌質ごとに違うケ
アの方法が生み出されるかもしれません。また、自分の肌にもたくさんの
微生物が共生していて、肌を守ってくれているという事実を理解しておく
ことが、過剰な衛生管理や流行の抗菌グッズに流されない、正しい「肌ケ
ア」につながると思います。


 皮膚常在菌の多様性を利用した犯罪捜査!?


ここまでの内容から、「肌にはたくさんの種類や数の微生物が住んでいて、
誰もが違う微生物の多様性を持っている」ことがお分かりいただけたかと
思います。このことを利用して、ある研究が進んでいます。それは「肌の
微生物を指紋代わりにして、犯罪捜査に役立てる」といったものです。

アメリカの有名科学専門誌「PNAS」に「Forensic identification using
skin bacterial communities」という論文が掲載されました。翻訳すると
「皮膚の微生物コミュニティを利用した法医学的同定」となります。つま
り、犯罪現場に残された皮膚で触れた箇所から、微生物の残存物を拭き取
って16S rRNA遺伝子解析を行って犯人を特定しようという試みです。ま
だ実験レベルの内容ですが、現場からすぐに微生物を拭き取って回収して
も、室温で2週間程度おいた後に回収しても、その結果はほぼ同様であり、
個人を特定するのに十分な精度を持っているという内容でした。

この他にも、「蚊に刺されやすい人は皮膚常在菌の多様性が少ない」とい
った研究も報告されています。皮膚常在菌は、私たちの肌の免疫を保つの
に役立ち、さらに肌の潤いをキープするためにも欠かせない存在です。そ
して今回お届けしたように、微生物の特性をさらに理解することで、私た
ちの生活にとってより多くの恩恵がもたらされると考えられます。私は今、
腸内細菌叢と人間の体との関係を実験で調査していますが、調べれば調べ
るほど興味深いデータが出てきます。実験がまとまり、論文に発表できる
日が来たらご報告いたしますので、ぜひ楽しみに待っていてください!