トリプトファンはセロトニンの出発物質

11 脳の中では神経間で多くの情報伝達が行われています 私たちの脳は、毎日の生活リズムに大きな影響を受けています。例えば、歩行や咀嚼、呼吸といった活動で興奮し、日中の覚醒状態において色々な活動に適度な緊張感を与えています。一方で、こうしたリズムを体がうまく感知できない場合、適度な緊張感が感じられなくなり、うつ病や慢性疲労症候群といった病気になってしまうことがあります。 脳の中には無数の神経細胞がありますが、この神経細胞間で情報伝達が行われることで、脳は適切に体に指示を送ることができるのです。この神経間で情報を受け渡すときに必要なのが、神経伝達物質です。 神経伝達物質は数多く発見されていますが、一般的に有名な物質はGABA、ドーパミン、セロトニンです。例えば、GABAと呼ばれているγ-アミノ酪酸は、アミノ酸のうちグルタミンを使用して酵素反応で合成されます。同じように、ドーパミンもフェニルアラニンというアミノ酸から作られます。そして、脳内の神経伝達物質のうち、多彩な働きを持ち「幸福物質(幸せホルモン)」とも呼ばれているのがセロトニンです。 セロトニンは、私たちが食事から摂らなくてはならない必須アミノ酸のトリプトファンから、酵素の働きによって変換されて作られます。セロトニンは、体のリズムを整えたり、ホルモンと同じような働きをしたり、睡眠の状態にも関係していることが知られています。またそれだけではなく、体温の調整や痛みの認知、食欲の制御や消化・吸収に至まで、本当に多くの体の機能に関わっているのです。そして、このように多彩な役割も持っているセロトニンは、95%が腸で作られているのです。 腸内セロトニンも脳と同じく大切な情報伝達物質 95%のセロトニンが腸内で作られる。このように聞くと「腸で作られたセロトニンが脳に運ばれて働く」と感じる方もいらっしゃるでしょう。でも、実際には腸で作られたセロトニンが脳に直接入ることはありません。実は、脳に栄養が運ばれるためには、血液脳関門と呼ばれるフィルターを通過しなくてはなりません。血液脳関門を通過できるのは、アミノ酸のような小さな物質なので、トリプトファンから作られたセロトニンはこのフィルターを通過できません。 脳の中のセロトニンは、脳内で作られる必要があります。そのためには、セロトニンの出発物質であるトリプトファンが含まれる食事をきちんと取るのが効果的です。また、BCAAと呼ばれている分岐鎖アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)はトリプトファンと同じ経路で脳内に運ばれるのですが、BCAA濃度が多すぎるとトリプトファンが脳に入りにくくなると考えられていますので注意が必要です。 腸内で作られるセロトニンは、腸に対しては消化運動のコントロールにも役立っています。それでは、腸内で作られるセロトニンは、脳の働きに対して意味がないのでしょうか? 腸のセロトニンは、腸クロム親和性細胞という細胞で作られて分泌されています。実は、この腸内セロトニン濃度の情報が、腸と脳をつないでいる神経系に伝わって、脳の働きに影響を与えているのです。 このように、トリプトファンから合成されるセロトニンは、腸と脳のつながりを通じて、ぜん動運動からホルモン調整、免疫のバランス維持にまで、多彩な影響を与えています。一方で、トリプトファンから合成されるのはセロトニンだけではありません。セロトニンは約5%、残りの95%はキヌレニンという物質が合成されています。 キヌレニンという名前は聞き慣れませんが、実は過剰に存在するトリプトファンの除去や血中トリプトファン濃度の調整、さらには有害菌などを食べてくれる免疫細胞のマクロファージの機能向上など、多くの働きをしています。このように、キヌレニンも腸の調整をしている成分なのですが、キヌレニンが過剰に作られてしまうとセロトニンの合成量が減少してしまうのです。 実は、キヌレニンが作り出される経路は、炎症を起こす酵素によって引き起こされます。この炎症に関わる酵素の過剰な働きは、ストレスによって誘発されるのです。例えば、住んでいる環境や職場、人間関係や健康を害するような行動がストレスの引き金になり、炎症系の酵素活性がが高まることでキヌレニンが過剰に作り出され、腸や脳内でセロトニンが不足したり減少したりするのです。そして、結果として不安感や落ち着きのなさ、衝動性や攻撃性、うつ病などの症状につながってしまいます。 こうしたことから、まずはセロトニンの合成に必要なトリプトファンを食事からきちんと摂取すること、そしてストレスとなる原因を作らないようにしてセロトニン合成経路が適切に働くようにすることが大切です。